謡坂…琵琶峠の石畳

<御嵩宿~細久手宿~大湫宿>


岐阜県を通る中山道の中で御嵩宿から大湫宿の美濃路街道
には 全体的に往時の面影を残した遺構や見所も多く その中で
当時の人々も親しんだ謡坂、琵琶峠の石畳を紹介します。 






御嵩宿から細久手宿の区間に整備された『謡坂』の石畳があり整備された
遺構にもかかわらず、どこか懐かしい情緒的な風景が楽しめます。 

細久手宿から大湫宿の区間にある『琵琶峠』の石畳は、中山道美濃路の
最高峰の峠で、昭和45年(1970年)に良好な状態で発見確認される
など、約700mの範囲が岐阜県の史跡に指定されています。
往時の面影を色濃く残しており 木漏れ日が降りそそぐ森の中の
石畳を歩けば その当時の旅人の姿が目に浮かんできます。 











謡坂の石畳

(うとうざかのいしだたみ)






謡坂の名の由来

このあたりの上り坂が急なため、旅人たちが唄を歌い苦しさを紛ら
したことから ”うたうさか” 呼ばれていたのが次第に”うとうざか”
なったと云われる。


























マリア像と記された案内に従い進むと 仏教の墓地を利用したキリシタン
遺跡が発掘され キリシタン信仰を固く禁止され 密かに信仰されていたことが
その遺跡から窺がい知ることができます。信仰に打ちこんだ郷土に生きた先人の
生き様が伝わってきます。後に聖マリア像が建立された。(みたけ町観光協会)






キリスト像の傍には正岡子規の句碑があった。

つぐの日 天気は晴れたり。 暫くは小山に沿ふて歩めば
山つつじ小松のもとに咲きまじりて細き谷川の水さらさらと心よ
く流る。 そゞろにうかれ出たる鴨の足音聞きつけて葎(むぐら)
より葎へ逃げ迷ふさまも興あり、 、  道にて  

 『 撫子や人には見えぬ笠のうら 』 
の一句を残して
伏見宿に向かう。 


正岡子規  明治24年6月に上野を出発し
木曽路路から美濃路と旅をし その紀行文『かけはしの記』より
















琵琶峠の石畳
(びわとうげのいしだたみ)








琵琶峠の名の由来

昔、信州の琵琶法師が京に修行に向かったが、修行の甲斐なく
失意を胸に信州目指して帰路についた。 法師は琵琶峠の頂上で
松の根元に腰を下ろすといつのまにか眠ってしまい 夢のなかで
素晴らしい琵琶の音を耳にした。それは峠に吹いた風が木の梢を
鳴らす音であった。
これより法師は琵琶の奥義を悟ることができ、宿場の人々に
この話を語って琵琶を奏でた。そのためいつしかこの峠を
琵琶峠と呼ぶようになった。







中山道美濃路
琵琶峠 東上がり口


琵琶峠の東上がり口は当時の石畳が 昔の面影をそのままに
残しています。 是より琵琶峠頂上に向かう期待感を得られます。



















往時の面影を残す なんと素敵な石畳でしょうか
木漏れ日が射す静かな石畳を歩くと
都会の騒音を忘れさせてくれます



















琵琶峠頂上の馬頭様と石碑








馬頭観音と皇女和宮歌碑
























琵琶峠頂上の西側にある
八瀬沢の一里塚





琵琶峠の石畳は
『石神仏巡り』のコーナーにも石神仏を中心に違う観点から
”趣き深い石畳の景観”を載せていますので見てください。






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